中国広州での出産の記録③【入院生活1日目】
こんにちは。
ブログを書いている現在は、娘ちゃん1歳です👧
今回は、出産後の入院生活1日目について書いていきたいと思います。
前回の分娩のエピソードと同じく、生々しかったり痛い表現もあるので、苦手な方はお気を付けてください🙇♀️
まず、約1年8ヶ月前の入院生活はとっても短かったんです。
結果として、出産後私が入院したのは2泊3日でした😭
どうしてこんなに入院が短かったのか、理由は2つあります。
①中国の月子(ユエズ)の文化
【月子とは】
中国では、「月子」(ユエズ)という言葉がある。「月子」とは、産婦の出産後一ヶ月の間を指す。「月子」の間、産婦は母体回復のため、赤ちゃんの授乳とお手洗い以外はベッドの上で過ごし、お風呂に入ってはいけないというのが中国の風習。
大和総研より引用
中国には、この月子という文化があるため、
調べたら家政婦さんを1か月雇う等の例もありましたが、
月子会所という産後ケアセンターのような施設で産後1ヶ月生活することが多いようなのです。
実際、私の家のすぐ近くにも月子会所はあり、街中でも至る所で見かけます。
月子会所は、病室やホテルのような所に宿泊し、赤ちゃんを預かってもらうこともできるし、自分自身も産後ケアを受けたり育児のサポートをしてもらったりできるそうです。
私が出産・入院した病院にも月子会所はあり、いわば入院の延長みたいな感じなのかなと思っていました。
そして、入院の日数に話は戻りますが、元々私が病院で妊婦健診・分娩・入院のパッケージプランを購入した際、入院日数は3泊4日と書かれていました。
それを見て最初に「短い!」と思いました。
日本では1週間ぐらいの入院がメジャーなんじゃないかと思います。
この入院日数の短さは、上に書いた「月子会所」に入ったりする人が多いので、それを前提としているからなのではないかなと、
私が予想したわけなんです。
②病院の入院日数のカウントの仕方
病院の入院日数はもともと3泊4日だった訳なんですが、
日数のカウントは実は出産前に病院に来た時点でスタートしてしまったんです。
9月9日の夕方、陣痛感覚が短くなったため来院し、内診した結果子宮口が3cm開いていることが分かったので、そのまま産むことになりました。
そして、その時点で旦那さんがなんだか色んな書類にサインして、荷物をもう病室に置き、そこから入院はスタートしました。
9月10日の明け方に産まれたので、そこでもう日を跨いでしまっており、一泊消費してしまったという訳なんです😭
そのため、出産後の入院日数は2泊3日となってしまいました。
もし、明け方に病院に来て午前中に産んだりしていれば、入院日数が3泊4日でいけたのにな〜😭なんて考えたりしてしまいましたが、赤ちゃんが出てくるタイミングは変えられません。
結果、2泊3日でもそこそこ回復はできたので、まあよかったのかなとも思います。
さて、ここからは入院生活の様子を書いていきたいと思います!
【1日目】
早朝に出産が終わり、数時間爆睡しました。
ちゃんと入院バッグを準備したと思っていたのに、起きてみると足りないものがいくつかありました…
なので、起きてすぐに旦那さんに家まで荷物を取りに行ってもらいました🙏
私はずっと病室にいたので分かりませんでしたが、
旦那さん曰く、その日は嵐の日だったそうです。
なので、娘ちゃんのことは(雨女でも晴れ女でもなく)嵐女とよく呼んでいます。
そして朝ごはんが運ばれてきました。

質素な病人食という感じですかね。
油と塩はほとんど使われておらず、素材の甘みや出汁の味という感じでした。
私は異国の食べ物でもなんでも「おいしいー!」と食べられるタイプなので、全くストレスはありませんでした。
量も多いし、午前にも午後にもおやつが出るので、食べ切る前に次の配膳が来てしまって食事が溜まったりもしていました😂
このあと3日間の食事やおやつはこんな感じでした。

おやつの中で一つ衝撃だったのはこれです。

おっきいドラゴンフルーツ!
中国らしさというか、南国広州らしさを感じました。
大きすぎるので、旦那さんと分け合って食べました。
切れ込みはあったけどカットはされていなかったのでかぶりつきました😂
そして、朝ごはん後についに娘ちゃん登場!

ぐるぐる巻きでかわいい👶
母子別室か同室か選べたのですが、私は別室にしてもらい、夜間もミルクで対応してもらうようにしていました。
昼間はお腹が空いて泣いたら病室まで連れてきてくれていました。
そして初めての授乳!
私の体調を気遣ってか、病院では基本添い乳スタイルでした。左右交換も助産師さんが赤ちゃんを移動させてくれて、私は全く動かなくてよかったです😭
母乳は出ているのか全く分かりませんでしたが、吸われると子宮が収縮して後陣痛できゅーっと痛みます😢
身体の仕組みって本当に不思議ですね。
授乳後はミルクを飲ませてくれていました。アイルランド(?)産のとてーも高級なミルクだったそうです🍼
その後は、看護師さんが来てくれて、
悪露の様子と、下半身の傷の様子を確認し、消毒をしてくれました。
そしてその後、お医者さんが通訳さんと一緒に回診に来てくれて、再び私の健康状態のチェックをしてくれました。
その後お昼ご飯を食べ、
再び赤ちゃんが来てくれたので母乳をあげ、
また看護師さんが下半身を消毒してくれ、
おやつを食べました。
その後、またまた看護師さんが来てくれて、
マッサージをしてくれた後、
確か胸とお腹(だったと思います)に電極を貼られ、
何分か電気を流してもらいました。
何の治療だったのか詳しくは分かりません😅
そしてその後、小児科の先生と通訳さんが来てくれて、
赤ちゃんもすでに色々な検査をしていたそうで、「全部異常なかったですよ〜」と検査結果をもらいました。
また、それらの検査に加えてBCGの注射も打っていたのが衝撃的でした。生まれた次の日にもう注射打つんですね😱
そして、これからの予防接種や1ヶ月検診、1ヶ月半後の私の検診の予定をどんどん決めてもらいました。
その後、晩ごはんを食べ、
また赤ちゃんが来てくれたので母乳をあげ、
スマホを見たりして休んでいるところで、後陣痛がどんどんひどくなってきたので、
坐薬を入れてから就寝しました😴
出産あるあるですが、やはりトイレは地獄で、とても痛かったです😭
用を足すたびに消毒するようにと消毒液を渡されていて、それを毎回シュッシュしていました。
また、下半身の傷を冷やすシートのようなものを通訳さんに勧められて買っていたので(日本もあるんですかね?)、それを産褥ショーツの中に入れて履いていました。
入院生活1日目なこんな感じでした。
日本の入院を経験したことがないので、どう違うのかは分かりませんが💦
次回は2日目3日目について書きたいと思います!
お楽しみにしていてください✨
中国広州での出産の記録②
こんにちは。
ブログを書いている現在は、娘ちゃん一歳になってしまいました!
今回は、出産したときについて(後編)を書いていこうと思います。
ついに、娘ちゃんが産まれる瞬間までを書いていきます!
痛い表現やリアルな表現が苦手な方はお気をつけください⚠️
【9月9日深夜】
麻酔をしていても痛みを強く感じるようになって来てしまったので、ナースコールをしました。
同じ病院で産んだ先輩ママさんに聞いた話だと、「痛くなって来たと伝えたら麻酔を増やしてもらえた」ということだったのですが、ここで麻酔を増やしてもらえることはありませんでした。人によるのかな?
助産師さんに診てもらったところ、子宮口が7cmまで開いていました。
ここで「いきみたい感じはあるか」と聞かれましたが、まだそんな感覚はなく(というかいきみたい感じって何?という気持ちでした…)、赤ちゃんが下がってくるのを待つことになりました。
何度もこの質問をされたので、「想用力的感觉(いきみたい感じ)」という中国語を覚えました。
その後、助産師さんが人工破水をしに来ました。
ハサミのような器具でプツンと切られる感じだったのですが、「これって麻酔をしてなかったら相当痛いんじゃないか…?」と思いました。
そして、待ってもなかなか赤ちゃんは下がってこないし、「いきみたい感じ」もありません。
そこで、助産師さんたちが動き始めました。
バランスボールを使うようです😳
バランスボールの上に座らされてグルグル回されます。(「こうすると赤ちゃんが下がって来やすいから、もし家にバランスボールがあったらやってみてね」というのは、妊婦健診のときから言われていました。結局家にバランスボールがなかったのでできませんでしたが…)
このバランスボールタイムがすごーーーーく長かったです。
バランスボールでグルグルして、赤ちゃん下がって来てるか確認してして、またグルグルして…の繰り返しでした。
前の日の夜からいてくれている通訳さんは、寝ずにずっと起きて通訳しています。
すごーく眠そうなのは、ずっと伝わって来ていました。
そして、この通訳さんは産婦人科専門の通訳さんではなく、医療全般の通訳さんなので、
「眠い&産婦人科が専門というわけではない」で助産師さんが話した中国語が日本語になるまでとっても時間がかかるし、時々間違っています。
それでも、こんな異国で出産ができているのは、この通訳さんのおかげです。感謝しなくては…
そんな通訳さんの1番面白かった通訳がこちらです。
上にも書いたバランスボールグルグルの際、邪魔にならないように助産師さんが私の髪をヘアゴムで結ってくれていました。(至れり尽くせり😢)
結ぶために私の髪を持ち上げると、私の襟足が肌荒れしてるのを見つけました。(妊婦時代、謎にずっと襟足が肌荒れしていました)
助産師さんは「首が乾燥してるね」と中国語でいいました。
これは、ほとんどひとりごとのような感じで小さい声でしたし、直接出産には関係ないことです。そして、私でも理解できたので、意識は朦朧としながら、私も「うん」と頷きました。
つまり、通訳する必要はあまりありませんでした。
なのですが、通訳さんは眠気と戦いながら、なんとか訳してくれました。
通訳さん「首の後ろ、ほくろ………。」
私は中国語上手じゃないですが、絶対にほくろの話はしてなかった。
通訳さんも、なんか違うのかなと思ったのか、この続きを話してくれることはありませんでした。
なんだったんだろう。
この出産の中で一番の謎でした。
そして、ほんとに眠かったのか、このあとの通訳はずーっとワンテンポもツーテンポ遅れてしまい…
ここからの大事な局面での通訳は基本的に旦那さんがやっていました。しびれを切らしたのかな…
「出産中、旦那のやることがない」なんて話もありますが、うちは日中通訳をやってくれていました😂なかなか珍しい旦那さんですね。(もちろん、飲み物くれたり、他のサポートもしてくれました。)
話は戻り、バランスボールタイムはまだ続いています。
実は、分娩台に乗って麻酔を打ってもらった時から、うっすらとずっと気分が悪かったのです。
それでも、非日常なことがバタバタと続いていたため、気持ち悪さは割と紛れていました。
ですが、バランスボールでぐるぐると身体を回していると、どんどん気持ち悪さはひどくなっていき、吐き気にまでなってしまいました。
私が小さい声で「気持ち悪い…」と言うと、ここでは通訳さんのスピードはとんでもなく早かったです。
パッと助産師さんに伝えてくれて、助産師さんも光の速さで袋を準備してくれ、分娩室が汚れてしまうことはありませんでした。
すごかった…
私は「せっかくマック食べてエネルギーチャージしたのにな…」と思っていました。
スッキリしたので、気持ち悪さはだいぶなくなりました☺️
あとで話を聞くと、麻酔が身体に合わず気持ち悪くなってしまう例もあるそうなのです。
出産前の友達に「無痛分娩ってどう?」と聞かれたら、この話も話すようにしています。
バランスボールぐるぐるの努力も虚しく、赤ちゃんはなかなか下がってきません。
赤ちゃんが下がってきやすくするために、麻酔のお薬はどんどん減らされてしまいます😭
そして、「いきんでみようか」と言われます。
いきむことで、赤ちゃんを下に下がってこさせるようです。
おそらく私はいきむのがあまり上手じゃなかったようで、あらゆる体勢になってとにかくずーっと何度もいきんでいました。
色んな助産師さん達が「この体勢がいいんじゃないか?」と提案してくれて、ひたすら頑張り続けました。
【9月10日明け方】
長い間頑張っていると、追加の助産師さん、小児科の先生が来ました。
「終わりが近づいているのか…?」
そして、再び内診があり、子宮口が全開になっていることを告げられます。
この頃は陣痛はピークになっていて、麻酔が減らされているから痛いのか、無痛分娩でもピークのときは皆このぐらい痛いのか、分かりませんでしたがすごーーく痛かったです😭
その陣痛の痛みに合わせて、いきみます。
陣痛の波って来る直前に分かるものなんですね。
「あっくるくる!」と思ったらすぐに痛みがやって来る。の繰り返しです。
この頃には下手だったいきみもだんだん上達してきていて、何度も聞かれていた「いきみたい感じ」もめちゃめちゃ来ていたので、
うまくいくと「上手だよー!その調子!」と皆で褒めてくれていました。
逆に、それまでは褒められるどころか、いきむたびにダメ出しをされていました。さすが正直な中国人。
そしてようやく!頭が!出て来ました!
「髪が長ーい!」という助産師さん達。
(ふさふさ系あかちゃんなんだ!)
赤ちゃんが出始めたら、一気にいきむと切れてしまうので、我慢しながらちょっとずついきむように言われますが、
どう頑張っても私はそれができませんでした…😭(できる方すごい…)
そして最終的に、ドゥルンと(この感覚、忘れられない)赤ちゃんが出て来ました。
産声は、
「ほにゃほにゃぁ」
という感じ。
よくドラマで聞く「オギャー!」という感じじゃないんだと思いました。
産まれた。
おわった。
ほーっ。
その後のことは、記憶がおぼろげです。
産まれてすぐ、赤ちゃんの足印を取っていたと旦那さんが後で教えてくれました。
そして、裂けてしまった部分をチクチクと縫っています。
麻酔が効いているからか、疲れ切っているからか、「なんかチクチクするなー」という程度の痛みです。
そして、カンガルーケアっていうんですかね。
産まれたての赤ちゃんを胸の上に乗せてもらいました。
あったかくておもたい…
そして、ここからしばらく赤ちゃんはバイバイです。
私はストレッチャーに乗せられガラガラと病室まで連れて行かれます。
天井を見ながら移動するのが人生初で、めちゃめちゃ酔いました笑
無事病室に着き、ベッドに横たわりました。
夜赤ちゃんが泣いたら授乳するか、ミルクで対応してもらって夜は寝たいか聞かれて、「休みたいです」と答えました。
てっきりこの日だけのことを聞かれたのかなと思いましたが、結局入院中は夜一度も起こされることはありませんでした。
そしてこの日は、朝までぐっっっすり眠りました。

旦那さんが撮影してくれていたグルグルまき(病院では基本これ)の娘ちゃん
出産の記録(後編)はこんな感じでした。
次回は、入院の様子も書けたらいいなと思っています。
また更新は先になると思いますが、是非お楽しみにしていてください。
中国広州での出産の記録①

こんにちは。
ブログを書いている現在は娘もうすぐ一歳という時期にまでなってしまいました😭
「子育てに追われてブログを書く時間が全くない!」というわけではないのですが、ブログを書くという習慣自体がなくなってしまい、なかなか書けずにいました…
もっと頻繁に更新したいな〜といつも思っています😭
今回はついに、出産した時について(前編)書いていきたいと思います!
だんだんと記憶が薄れていってしまっているのですが、できるだけ正確に思い出せるように頑張ります💪
【9月8日深夜】
お腹が痛くて目が覚めます👀
ただ、私の場合は臨月になる少し前ぐらいから、前駆陣痛で毎晩のように痛みで目を覚ましていました。
なので、いつものように目が覚めたという感じです。
痛みの程度はいつも通り、「寝ていたら起きてしまうが、ひどい生理痛よりはマシ」という感じで、我慢できる程度です。
しかし、いつもと違うのは、「待っていても痛みがなくならない」ということです。
波があって、痛みが強くなったり感じなくなったりを繰り返しています。
「ちょっといつもと違うぞ」と思い、スマホのアプリを使って陣痛の間隔を測り始めました。
そうすると、なんと10分間隔になっていたのです。
そして、10分間隔の痛みが1時間程度続いた所で、ここで旦那さんを起こします。
アプリの計測結果を見せながら、「陣痛?かもしれない。」と伝えました。(後から旦那さんに聞くと、私が冷静すぎてびっくりしたそうです。確かに、緊急事態にしては全く焦ったり興奮したりしていなかったかも…笑)
痛みが我慢できる程度だったので、どうしようか本当に迷いましたが、色んな人から「迷ったら病院に行ったほうがいい」と言われていたので、病院に行くことにしました。
もし平日の日中だったら、病院に常駐している日本語の通訳さんに連絡することができるのですが、土曜日の深夜のため勤務時間外なので、
ウェルビー(海外の病院を手配してくれたり、同行して通訳してくれたりするサービス)に連絡しました。電話で今の状態を説明し、通訳さんと病院で待ち合わせることにしました。そして、ウェルビーからも病院に連絡してくださり、診察の手配をしてくださいました。
色々しているうちに夜が明けていたので、痛みに耐えながら朝ごはんを食べ、タクシーで病院へと向かいました。
ただ、寝ている時は何もしていないので痛みを顕著に感じることができますが、
タクシーに乗ると車の揺れもあってか、痛みがだんだん感じづらくなってしまいました😅
でも一応10分間隔は続いています…
【9月9日朝】
旦那さんと一緒に病院に到着。
ウェルビーの通訳さんからは「私は朝ごはんを買ってから病院へ向かいます!」と連絡がありました。(マイペース…)確かに長期戦に備えて腹ごしらえは必要ですが、「早く来てほしいな〜🥺」というのが私の本音でした…
そして、通訳さんは間に合わないまま、診察が始まってしまいました。
通訳さんとは電話を繋ぎっぱなしにして、訳してくれていました。
そして、お医者さんによる内診の結果…
子宮口は開いておらず!!
来るのが早かった…
辛かったらこのまま入院してもいいと言われましたが、それはお金がかかってしまうので、家に帰ることにしました。
(おそらくこの痛みは前駆陣痛でした💦)
この診察は元々支払っている分娩費とは別に費用がかかってしまいます😭深夜料金も加算されていて、高かった…
そして、この内診がとてもとても痛かった😢いわゆる内診グリグリというやつです。
「うぅ…」といううめき声を出さないと耐えられず、「この診察だけでこんなに辛くて、出産なんか耐えられるのかな」と不安になりました😭
しかし、この内診グリグリが効果があったようで、
家に帰ってしばらくすると、ついにおしるしがありました。
おしるしはまだ緊急事態ではないので、病院に直行しなくてもいいとは言われていたのですが、念のため病院に連絡だけしておきました。
【9月9日お昼】
また痛みが出始めました😣
でも、「また高い診察代を払うのは嫌だ!」と思い、今回はできる限り耐えることにしました。
痛みはだんだん強くなり、「うぅー!!」と声を出して脚をジタバタさせないと辛いほどに。
私は生理痛がかなり重い方なので、「痛みには強いんじゃないかな?」と勝手に思っていましたが、陣痛って本当に痛いんですね…
頑張って懸命に耐えていました。
【9月9日夕方】
痛みが5分間隔になった所で、再びウェルビーに連絡しました。
今回も日曜日の夕方なので、ウェルビーの通訳さんに通訳してもらうことになります。
「腹が減っては戦はできぬ!」と思い、急いでマクドナルドを注文して、お家で旦那さんと2人でもりもり食べてから出発しました。
病院に着くと、今回はすぐに通訳さんに会うことができました。
診察してもらうと、子宮口が3cm開いているとのことで、そのまま入院することに。
そのまま分娩室へと行きました。
分娩台に横たわると、テキパキとあらゆる物を身体に繋がれました。(たぶん、NSTと輸血用のチューブだと思います。)
そして、その横で旦那さんが何やらたくさんの書類にサインをしています。
これって旦那さんいなくて1人だったら全部自分でやらなきゃいけなかったのかな…😱来てくれてありがたかったです。
病院側も「日本人が来た!」と思って気を使ってくれたのか、なんと分娩室で日本の歌をながしてくれたんです。
なんですが、それは全然知らない曲で…若い女の子の声の謎の日本の歌を聞いていました😅
そして、ついに麻酔の先生がやってきました。
麻酔の注射はすごく痛いと聞いていたし、注射をする瞬間は絶対に動いてはいけないとも言われていてすごく怖かったのですが、
実際はそんなに痛くないし(陣痛が痛すぎるからかも🤔)、陣痛と陣痛の合間に打ってくれるので動いてしまいそうにもならないし、
思ったよりスムーズに済みました。
そして、すぅーっと陣痛の痛みが引いて行きました。
【9月9日夜】
時計を見ていないので分かりませんが、おそらく時刻は20時ぐらいかな…?
休んでくださいと言われたので、分娩台でそのまま寝ました。
(ちなみに旦那さんは分娩室にあった幅のせまーいベッドで仮眠をとったそうです😢ベッドがあるだけありがたいのかもしれませんが、過酷ですよね。ありがとう😢)
そして、深夜12時頃、麻酔をしていても痛みがだんだん強くなってきたので、ナースコールで助産師さん達を呼びました。
いよいよ出産の始まりです🫨
出産の記録の前編はこんな感じです。
次回、いよいよ産んだ時の様子を書きたいと思います!
いつになるか分かりませんが、お楽しみにしていてください。
中国広州での妊娠の記録14【妊娠後期の身体の変化】
こんにちは。
ブログを書いている現在は生後6ヶ月です👶
今回は、妊娠後期(8〜10ヶ月)の身体の変化を書いていこうと思います!
やっぱり妊娠中1番しんどかったのは妊娠初期のつわりですが、妊娠後期もなかなか辛いものでした。
本当に産む直前は、身体がしんどくて「早く産みたい!」とよく思っていました。(子育てに奮闘している今となっては、「またお腹に戻ってくれないかな〜」と思う日もありますが😂)
【お腹が大きい!】
妊娠する前の「妊婦さん大変そう」の1番大きいイメージは、お腹の大きさでした。
実際も、イメージ通りお腹が大きいことは生活する上でとても大変でした。
日常生活での弊害はこんな感じです。
●爪が切れない
●靴下が履けない
●お風呂でお腹より下がうまく洗えない
●足にクリームが塗れない
●下に落ちた物が拾えない
●歩きにくい(特に階段を下るとき)
●マタニティウェアでさえだんだんキツくなってくる
●色んなところにぶつかる
爪切りや靴下は、独自の体勢で無理やり頑張っていました😂
足にクリームを塗るのは諦め、お風呂上がりは毎回カピカピになっていました。
これらは、「お腹の外側の問題」です。
もちろん「お腹の内側の問題」もありました。
妊婦さんのイメージとしてよくあがる「トイレが近くなる」というのは本当でした。
「さっきも行ったなぁ」と思いながら何度もトイレに行っていました。赤ちゃんに膀胱つぶされたり蹴られたりしてるから、しょうがないですね。
また、私は「胃が圧迫されて食欲低下…」という症状はなく、出産直前までもりもり食べていました💪
私は広州で合唱サークルに入っているのですが、
お腹が大きくなるにつれてどんどん歌いにくくなっていったのがとても印象的です😢
お腹に力を入れるのも怖くて、ふにゃふにゃ〜とした声しか出せなかったり、赤ちゃんに押されて息がうまく吸えず、一小節ごとにブレスをしたりしていました…
それでも、妊娠中のリフレッシュと運動(?)としてはとても良かったと思います✨
また、お腹が大きいと「この人は妊婦さんだ!」と認識してもらいやすくなり、席を譲られたり店員さんに気を遣ってもらったりすることが増えました☺️(ありがたい。)
外出するとよく「妊娠何ヶ月?」「予定日はいつ?」「どこの病院に行ってるの?」などいろーいろ話しかけられていました。
比べたことがないので分かりませんが、たぶん日本にいるよりは、中国人のほうが話しかけてくるのかもしれませんね。
外出して声を一度もかけられないで家に帰るということはなかったと思います。まず、マンションの部屋を出てエレベーターに乗ってそこに人がいた時点で話しかけられます笑

出産20日前の写真
【すぐにお腹が張ってしまう】
妊娠初期は「お腹が張る」という感覚がよく分からないぐらいでしたが、
妊娠後期は少しでも動くとすぐお腹が張ってしまっていてとても辛かったです。
少しお散歩しただけでも張ってくるし、
逆に車に長時間乗らなきゃいけなくて動けないときも張っていました。
1番感じていたのは、妊娠8ヶ月のときの引っ越しです。
引越し作業は、作業してお腹が張ってきたら休み、良くなってきたら作業を再開し、を繰り返していました😥なかなか進まなくて辛かった…
「自分の体とお腹の子にどのぐらい負担をかけてしまってもいいのか分からない」というのもストレスでした。
ずーっと休んでいたら生活が成り立たないけど、何かあったら怖い…という葛藤でグルグルしていました。
【胎動がすごい!】
妊娠中期に入って胎動が始まり、その頃は「赤ちゃん動いてる!生きてる!幸せ!」という感じでしたが、
妊娠後期に入ると胎動は更に激しくなり、少し辛くなっていきました😥
強めに蹴られると「いてっ」と声が出てしまうほど。
寝ているのに我が子に蹴られて目が覚めたこともありました。
それでも、もちろん耐えられる程度の痛みですし、「我が子が元気でいてくれているんだな」と感じることができたので、嫌だとは思いませんでした☺️
【寝るときが1番辛かった】
妊娠後期1番しんどかったのは、夜寝るときです。
まず、寝る体勢が制限されます。
横を向いて寝ることしかできず、ずーっと同じ体勢なので身体がバキバキになってしまいます。私の場合は身体が限界を迎えると目が覚めてしまっていたので、そのときに「よっこらしょ」と寝返りを打っていました。(この寝返りも一苦労)
「仰向けorうつ伏せで寝たーい!」と毎日思っていました。
そして、妊婦さんといえばイメージとしてよく挙がるこむらがえり。
私は幸い、毎日こむらがえりになってしまう程ではなく、なる日とならない日がありました。
それでも、寝ている間に足が攣ってしまったらすごく辛かったです。つまさきを手で引っ張りたいところですが、まずお腹が大きいのでつまさきに手が届きません😳😳
届かないなりに足首を動かして足の攣りを解消したりもしていましたが、最終的に旦那さんのアイディアでタオルを使う方法をよく実践していました。(タオルをつまさきにひっかけて足の攣りを解消する方法)
なぜか、足が攣る日は同じ日に2回、3回と攣ることが多くて、そうなってしまうともう次の日までずっとふくらはぎが痛くて辛かったです😢
そして、臨月になる少し前から毎晩続いていたのが、「前駆陣痛」です。
出産の準備として、本陣痛とは異なり不規則に子宮が収縮することだそうです。
これがなかなか痛くて、寝ていたら必ず起きてしまいます。生理痛のひどいとき程ではないので我慢はできますが、地味に辛かったです。
妊娠後期の身体の変化はこんな感じでした✨
つわりのときも感じていましたが、もう一つの命が体の中で育っていくってすごいことですよね。そりゃあ私の体もどんどん変わっていくよなぁと思いました。
妊娠初期のときは「この苦しみが無限に続くのかな…」と終わりがないように感じていたので辛かったですが、妊娠後期は「もうすぐ赤ちゃんに会えるんだ!」と思えたので耐えることができました。
次回は(いつに更新できるか分かりませんが💦)、実際の出産のときのエピソードを書けたらなと思います!
是非お楽しみにしていてください☺️
中国広州での妊娠の記録13【妊娠37週の妊婦健診】

こんにちは。
ブログを書いている現在は生後6ヶ月です👶
今日は妊娠37週の妊婦健診について書きたいと思います。
いよいよ正期産の時期にもなり、「産む準備!」と言った感じの健診でした。
妊娠37週の妊婦健診はだーいたいこんな感じです。

まずはいつも通り、血圧、身長、体重を測ります。
そして、またまたいつも通りNST(ノンストレステスト、20分間赤ちゃんの心拍・前駆陣痛・胎動を測定する)をします。
続いては「助産師外来」です。助産師さんが、実際の分娩について丁寧に説明してくれました。
これは、前回病院に来たときに受けた「分娩シミュレーション」の内容の一部でした。(パワーポイントも同じ物を使っていました😳)
ここで再度、どんなときに病院に来るべきなのか・病院に来てからどうやってお産が進んでいくのか、丁寧に説明してもらいました。
大切なことなので、何度でも説明が聞けるのはありがたいことですね。
そのあとは「疼痛外来」です。(たぶん病院での日本語訳が少し間違っている?)無痛分娩の麻酔について麻酔科医の先生が口頭で説明してくれました。
こちらも、「分娩シミュレーション」で受けた説明の内容とほとんど同じです。
そして次は、まさに産むために必要な検査として、「おりもの検査」と「B群溶連菌の検査」をしました。
赤ちゃんが出てくるときに感染症にならないための検査ですね。
この2つ+この後やったエコー検査は、出産前の2週間前以内にやらなければならないそうです。
つまり、もしこの後2週間赤ちゃんが産まれてこなければ、もう一度やらなければならないということです。そして、その場合はパッケージ外の料金が発生してしまいます。
決して安い値段の検査ではないので、2週間以内に産まれてきてくれることを祈るのみです🙏(最初の親孝行お願いします!)
そして、最後にエコー検査を行いました。
赤ちゃんの身体は順調でした✨
もういつ出てきても問題ないので、いつ頃産まれそうかお医者さんが見てくれます。
まだ骨盤に頭も入っていないし、赤ちゃんが仰向けになってしまっている(実際産まれるときには赤ちゃんはお母さんの背中側を見ている向きになるそうです)ので、すぐではないとのことでした。
赤ちゃんが仰向けになってしまっているので、「夜寝るときは右を下にして寝てください」と言われました。これはどうして右なんでしょうか…?
その後の問診の際は、お産を早めるためにやるべきことをたくさん教えてもらいました。
まずはお散歩、あとはスクワットをしてくださいとのこと。他にも腰を回す運動なども教えてくれました。
印象的だったのが、上体起こしのような動きの運動です。
これまで、あまりやってはいけないはずの動きをむしろ「やってください」と言われるので、不思議な気持ちでした。
でも確かにそうですよね。早い段階で出てきてはいけないけど、今は出てこなければならない時ですもんね💪👶
これが妊娠37週の妊婦健診でした。
次回は39週のときですが、実はこの37週の妊婦健診が最後の妊婦健診となります😳😳
ブログを書くスピードがすごーくゆっくりですみません…💦
もう少し早く書けるように頑張ります!
中国に来て1番大変だった😢【ビザ(居留許可証)更新】
こんにちは。
とっってもお久しぶりの記事となってしまいました😨
気づいたら出産して2ヶ月以上経っており、日々あたふたしながら子育てを頑張っています💪
さて、中国に来て大変なことはたくさんいろいろ経験しましたが、
今年「これより大変なことはもう起きないんじゃないかな」という経験を5月〜8月にしました。
それは今年のビザ(居留許可証)の更新です。
とってもとても苦労した出来事なのですが、書いても良さそうな部分を掻い摘んで記録してみようと思います。
重くて難しくて長いと思いますが、興味のある方は是非最後まで読んでいただけると嬉しいです!
【今年からは自分で準備しなくちゃいけない】
私の旦那さんは2021年5月〜2022年7月までの約1年はある日本の会社の青島事務所で働いていて、
2022年7月からはその日本の会社と広州にある現地の会社との新しい合弁会社で働いています。
そして、その新しい合弁会社の社員はまだ実質旦那さん1人に近い状態です。
去年のビザ(居留許可証)更新の際は、青島事務所にいらっしゃる中国人スタッフの方(ビザ更新もすっかり慣れていて全く問題なし)にやっていただいたので、
証明写真とパスポートをお渡ししたらいつのまにかビザ(居留許可証)が更新されていたような感覚です😳
ただ、今回は会社には旦那さんしかいませんし、合弁先の広州の現地の会社には日本人が1人もいないので、全て旦那さん1人(もちろん私も協力しますが!)で手続きを進めなければなりません。
さすがに必要書類等を個人で正確に把握することはできないので、旦那さんは代行会社に必要書類を教えてもらったりして、準備していきました。
実はこの代行会社さんの仕事が遅くて、「あ。これも必要だった」「あれも必要だった」と後からポツリポツリと言ってきたりしたので、なかなか大変でした😢
【必要な書類を集める】
最終的に必要だった書類はこんな感じでした。
●パスポート原本
●工作証
●証明写真
●健康診断の証明
●臨時宿泊証明書
●結婚を証明する書類(私のみ)
などなど
●工作証
「工作証」は、旦那さんが中国で働いていることを証明するものです。
実は、ビザ(居留許可証)を更新する前に、この「工作証」を更新しなければなりません。
そのためにまた別の書類を調達したり審査をしてもらったりして、まず「工作証」を更新していました。
●証明写真
証明写真は、家の近くの写真屋さんに撮りに行きました📷


申し込んでから撮影終了まで10分もかかりませんでした。
これからの申請に必要な青背景の写真と白背景の写真を撮影しました。規定のサイズで写真を印刷してもらい、「正式な写真である証明」を発行しました。(この証明も申請の際に提出する必要があります。)
写真は8枚で40元(約800円)でした。日本の証明写真機と同じぐらいですかね。
●健康診断
青島でのビザ(居留許可証)更新のときは、健康診断を受ける必要はありませんでしたが、
広州では必要とのことでした。
実は、中国で健康診断を受けるのは初めてだったので、ちょっとドキドキです。
健康診断の項目としてX線の検査があったのですが、私は妊娠しているので受けることができません。
心配だったので、通っている産院で念のため「X線検査を受けることができません」というお医者さんの診断書を作成してもらいました。
が、健康診断当日、最初に書く書類の「妊娠している」の欄にチェックしただけで、X線検査をすることはありませんでした。(考えてみれば確かにそうですよね!)
健康診断で印象的だったのは、視力検査です👀
日本では、「C」のようにドーナツのどこが欠けているか伝えることで視力を判断しますが、
今回は、「山、ヨ、E…」のような記号を見て検査をしました!初めてのやり方だったのでとても新鮮でした✨
どっちの方が簡単とかあるのかなぁ…
健康診断は、旦那さんの会社がある地域の施設に受けに行ったのですが、
空いていてすぐ受けることができたし、流暢な英語を話す方が何人かいらっしゃって、とてもスムーズに進みました☺️
●臨時宿泊証明書
「臨時宿泊証明書」は、日本で言う住民票のようなもので、「この住所に暮らしている」というのを証明するものです。
これが少しめんどくさかったです。普通のマンションに住んでいれば、不動産屋さんにお願いすれば10分程で発行できるのですが(ネットで自分で発行することもできるそうです)、
我々はサービスアパートメントに住んでいたので、発行に少し手間がかかりました。
まずフロントで「臨時宿泊証明書を発行したい」という旨を伝えて、ネット上で個人情報を色々と登録します。
そして、準備が整ったら派出所へ行き、出来上がった「臨時宿泊証明書」を取りに行きます。
この時初めて中国の派出所へ行きましたが、びっくりするほどタバコの煙でいっぱいになっていました🚬
建物の中が煙でいっぱいなのは初めて経験しました…
外国人担当のお姉さんがとても仕事の出来そうな方で、とても安心できました!
●結婚を証明する書類
結婚を証明する書類は、戸籍謄本・戸籍謄本の中国語訳・領事館認証の書類を、2021年に中国に入国する際のビザ取得のときから使用しています。
【いざ更新の申請!】
用意していた書類を持って、まずは工作証更新!というところで、旦那さんの日本出張が決まってしまったんです。
日本に行くのにパスポートが無い訳にはいかないので、ビザ(居留許可証)更新を今申請することはできません。
そんなこんなをしているうちに、ビザ(居留許可証)失効まであと数日となってしまいました。
工作証更新を申請するには、ビザ(居留許可証)の残りの有効期間が短すぎるとのことで、工作証更新の申請をすることはできず、まずは停留ビザを取得しなければならなくなってしまいました😢
自分達は1ヶ月程前から準備を始めていたのに…!
代行会社さんがポツリポツリと必要書類を知らせていなければ、間に合っていたかもしれないのに…!
【初めての停留ビザ】
停留ビザとは、やむを得ない場合に申請することができる臨時の短期ビザです。
有効期間はその時と場合によります。
住んでいる地域のビザセンターへ行き、停留ビザを申請しに行きます。
ビザセンター自体は人がとても多くて混んでいましたが、その時は外国人が少ない地域に住んでいたので、外国人対応の窓口はとても空いていました。
またまたここの外国人担当のお姉さんも仕事が早い方で、とてもよかったです✨
しかし、そこで一つ問題が発生してしまいます😢
ビザ(居留許可証)の申請にも必要で既に取得していた「臨時宿泊証明書」が、停留ビザの申請にも必要だったので持って行ったのですが、旦那さんの分が失効してしまっていたのです。
1週間程前に発行したばかりだったので、理由が分からずうろたえましたが、仕方ありません。
再発行してもらい、もう一度派出所に行き(例のお姉さんには覚えられていました)、「臨時宿泊証明書」をもう一度受け取りました。
後に不動産屋さんが失効した理由を説明してくれたのですが、「臨時宿泊証明書」は一度中国国外に出ると失効してしまうことがあるそうです。旦那さんは日本出張に行っていたので、そのときに失効してしまったようです…
今度こそ必要書類を揃えて、後日もう一度停留ビザを申請しました。(こちらのお姉さんにも覚えられました😔)
ちなみに停留ビザの必要書類は、元々ビザ(居留許可証)更新のために準備していたものの一部を提出すればよかったので、新たに手に入れなければならない物はなく、そこは楽でした✨
停留ビザは、申請してから数日で受け取ることができました。これで工作証を申請することができます!やっと…
ちなみに今回の停留ビザの有効期間は1週間程でした。
このとき、人混みのすごい色んな役所に何度も行き、私は風邪をもらってしまいます😵💫
何度思い出しても妊娠中の風邪は辛かった…泣
【ついにビザ(居留許可証)申請…?!】
停留ビザも無事に取得できたので、工作証も無事申請することができました☺️
工作証は1週間程で受け取ることができました。
そして、なんとタイミングの悪いことに、ここで我々はお引っ越しをしてしまいます🚚
これは前々から決まっていたことですし、家の契約更新の時期の関係もあるので仕方ありません。
ということで「臨時宿泊証明書」は取り直しとなります…
早くしないと停留ビザの有効期間が終わってしまいます!
本来は引っ越してから「臨時宿泊証明書」を発行できるまで、必要手続きを踏まなければならないので少し時間がかかってしまいます。しかし、不動産屋さんに少し無理を言って、本来より早めに発行していただくことができました。ありがたい…🙏
ビザセンターで新たな必要書類が判明したりしてバタバタしましたが、
無事なんとかビザ(居留許可証)を申請することができました😭
【悲劇の始まり😱】
約2週間後、新しいビザ(居留許可証)を受け取りに行きました。
が、なんとここで「通過しなかった」と言われてしまいます。
どういうこと?!?!
旦那さんの会社はまだ新しいため、「ダミーの会社なのではないか。」と疑われてしまい、審査が通らなかったのだそうです。(もちろんちゃんとした会社です!ご安心ください!)
仕方がないので、ここでまた停留ビザを申請するしかありません。
「ちゃんとした会社であることをこの機関に説明しに行ってください」と、ある役所を案内されます。
ちなみにこの時点で妊娠9ヶ月32週です。
旦那さんの会社がある地域のビザセンターには毎回タクシーで1時間以上かけて来ています。(お腹めっちゃ張ります)
ようやく新しいビザ(居留許可証)を受け取れると思ったのに…
【審査を覆すために旦那さんがめちゃめちゃ頑張った】
停留ビザを手に入れて、ここからは「旦那さんの会社がちゃんと稼働していること」を証明しなければなりません。
まずは、旦那さんの会社の合弁先の会社の総経理の方に協力していただいて、ビザセンターで「この機関で説明してね」と言われた機関に説明をしに行きます。
会社の色々な发票など、説明に使えそうなものを準備していきましたが、
なんと、話を聞いてもらうことはできませんでした…😢
「一度上で決まったことだから」と…
この時点で本当に色々な人に協力してもらっています。旦那さんも、必死に説明しますが聞いてもらえず…
ここで、中国の役所で一度決まったことを覆す大変さを感じます。
仕方がないのでこの日はそのまま帰ることに…
めっちゃ泣きました。
こんなに頑張ってもどうにもならないことってあるんだ…
その後も、旦那さんも会社の方も本当に頑張って色々なツテを使ってどうにか解決しようとします。
私は待つのみ。ここで数日が過ぎていきます。
旦那さんは、自分のお仕事の方も大変になってきていて、かなり忙しかったんじゃないかと思います😢
私が印象に残っている出来事があります。
その日もビザ(居留許可証)更新のために色んな所を飛び回っていた旦那さんが、会社には戻らずいつもより早めに直接家に帰ってきました。
しかし、その日も上手くはいかず、彼の気持ちとしてもかなり落ち込んでしまい、結局いつもの帰宅時間まで家の周りをウロウロしていたそうです。
その光景を想像しただけで辛い😢
ただ、その日は最終的に少し良い展開がありました。ビザセンターのそこそこ偉い方と直接お話をするチャンスをいただけたんです。
旦那さんと一緒に頑張ってくださっている上司の方から、その良い報告をゲットしてようやく旦那さんは家に帰ってくることができたそうです。
【ビザセンターのそこそこ偉い方とのお話とその結果は…?!】
旦那さんと会社の方々で「旦那さんの会社が実際に稼働している」という材料をたくさん準備して、ビザセンターのそこそこ偉い方に会いに行ってくれました。
そしてその結果は…
またもや話を聞いてもらうことはできませんでした。
本当に、一度決まった話を覆すのは難しいです…
この日、ビザセンターの1番上の偉い方とお話をするアポイントも取ることができました(その次の日お会いできるとのこと)が、そこそこ偉い方とのお話が上手くいかなかったので、1番上の偉い方とのお話もかなり望みが薄いということでした。
この、ビザセンターのそこそこ偉い方とのお話が終わった時点で旦那さんから電話がありました。
「今日の説明も上手くいかなかった。明日ビザセンターのトップの人とお話をするチャンスをもらったけど、それも多分成功する可能性は低い。明日上手くいかなかったら、日本に帰ろう。」
「日本に帰ろう」というのは本帰国するということではなく、一度日本に戻って、ビザ(居留許可証)を「更新」するのではなく旦那さんのビザをまた「ゼロから申請」して、その数ヶ月後また私のビザを申請して、また広州に来るということです。
「日本に戻り、数ヶ月後にまた広州に戻ってくる」という移動だけで考えれば大したことはありませんが、
この時点で妊娠9ヶ月34週。
片道1時間以上かけて何度もビザセンター等の役所に何度も行くだけでもすごく辛かったのに、日本への渡航は簡単なはずがありません。
また、旦那さんは新しい会社の仕事がどんどん忙しくなってきている所で、一度数ヶ月日本に戻るというのはきっと大変なはずです。
出産の日にちも迫っているので、日本に帰るとしたら分娩ができる産院をすぐに探さなければなりません。
滞在する場所も確保しなければなりません。
その滞在する場所としてかなり有力なのは、私の実家です。
ということで、この日の時点で私の実家に連絡しました🏠
これまでビザ(居留許可証)更新に手こずっているということは相談してこなかったので、いきなり「来週日本に戻るかも」という報告をすることになってしまいます😢
こんなとき、親の存在はとても大きいですね。
私達夫婦が不安で押しつぶされそうになっているのを気遣ってか、両親はすごく落ち着いています。必要なことを淡々と話し合ってくれました。それで、ほんの少しだけ落ち着くことができました。
将来、こんな風に我が子のピンチと向き合うことができたらいいなぁ。
それでも、不安な気持ちはやっぱり消えず…
いつもベッドに入って0秒で眠りにつくのが特技の私が、なんと朝まで眠れませんでした😨
次の日はフラフラしてぼーっとしていました…
【これがダメだったら帰国😢旦那さんがビザセンターのトップの方とお話】
次の日、旦那さんが会社の方達とビザセンターのトップの方とお話をしに行きました。
会う約束をしたのは14時。
私はそわそわしながら旦那さんからの連絡を待ちます。
15時頃旦那さんから着信があります。
「今回もたぶん話を聞いてもらえないだろう」と言われていたので、
旦那さんを明るい声色で慰める準備をして、電話に出ます。
すると、旦那さんから予想外の言葉が。
「いけたかもしれない。
ビザ(居留許可証)の更新の申請ができそうだから、パスポートを持って今ビザセンターに来て。」
とのこと
おぉ…!!!✨
「上手くいきますように」と願ってはいたものの、望みは薄いと思っていたのでほとんど諦めていました。
するとまさかの良い知らせ✨✨
急いでビザセンターへ向かいます🏃♂️
【ついにビザ(居留許可証)更新の申請までこぎつけた】
タクシーでビザセンターへと向かいます。
前日一睡もできていないのにも関わらず、片道1時間以上のタクシーの中ではそわそわして眠ることもなくスマホをいじるでもなく、ずっと時計だけを見ていました。
ビザセンターへ着くと、旦那さんと会社の方々が待っていました。
私達のために必要な書類を集めたり、人脈を使って色んな人達にかけあってくれたりして、この日もビザセンターのトップの方とのお話のあと、1時間以上かけてやってくる私を待っててくれました。
ビザセンターのトップの方とのお話が上手くいき、ビザ(居留許可証)更新の申請書類を受け取ってもらえることになったそうです。
頭ごなしに否定したりせず、きちんとこちらの話を聞いてくれたようです😢
その日は無事に必要事項を提出し、再び申請するところまでできました。
更新までは約2週間かかります。
おそらく大丈夫だろうとのことですが、まだしばらくそわそわする日が続きます…
【ようやく申請できたビザ(居留許可証)の発行を待つ日々】
申請時に、「◯日にできるよ〜」と言われた日に旦那さんがビザセンターへ行くと、
「まだ一つ前の段階の手続きが終わってないから完成していない」と言われてしまいました。
こういうことは、中国ではよ〜くあります。
中国で期限がのびのびになっていくのは慣れっこなのですが、このときは本当に切羽詰まっていたのでショックでした😨
大人しく待っているしかできることはないのですが、そわそわそわそわ…
ついに臨月にもなってしまっていて、「今産まれたらどうしよう…」という焦りと不安の気持ちでいっぱいでした。
また数日後、例のビザセンターのトップの方から旦那さんに連絡が。
会社の存在を証明するための資料(明細など)を追加で送ってくれとのことでした。そして、「来週にはビザ(居留許可証)できるよ」とのこと…ついに…
【ついに😭😭】
そして次の週、ついに旦那さんがビザ(居留許可証)が発行された我々のパスポートを受け取りに行ってくれました!
よう〜やくです!
諸々の手続きを始めてから約4ヶ月!
出産予定日の25日前のことでした。
ほんとに、2人とも(特に旦那さん)よく頑張りました😭
不安でいっぱいでたくさん泣いてしまったりしましたが、無事解決してよかった〜
これが、「中国に来て1番大変だった出来事」です。
やっぱり外国に住んでいると、突然試練が訪れたりしますよね…
とにかく、無事に解決して本当によかったです。
来年以降はこのようなトラブルがもうありませんように!!
長い記事を読んでいただきありがとうございました🙇♀️
中国広州での妊娠の記録12【妊娠35週の妊婦健診・分娩シミュレーション】

こんにちは。
無事に出産を終え、ブログを書いている現在は生後3週間です👶
今回は、妊娠35週の妊婦健診と「分娩シミュレーション」というものについて書いていこうと思います!
【妊娠35週の妊婦健診】
最初はいつも通り血圧、身長、体重を測ります。
そして、その次は前回から始まったNST(ノンストレステスト、20分間赤ちゃんの心拍・前駆陣痛・胎動を測定する)をします。
この検査は2度目もやっぱり楽しかったです。
今回は赤ちゃんの胎動がとても多く、ボタンを押し続けなければならない時間があって大変でした😥
そのあとは、お医者さんとの問診をして、問診室でお腹を診てもらっておしまいです。
この頃、夜中に前駆陣痛らしきものが始まっていたので、少し不安で相談しましたが、「正常なことだよ」と言ってもらえたので安心しました☺️
また、お腹を見てもらったとき、元々自分でも感じていましたが、「赤ちゃんの頭がだんだん骨盤に入ってきている」と言われました。
出産が近づいているってことですね。ドキドキ…💓
今回の健診はこれで終わりですが、この日は健診以外に「分娩シミュレーション」というものをやりました。
分娩日当日の流れを一通り説明してくれるものです。こういうのってとてもありがたいですね。
出産自体も初めてだし、海外なので不安もあるし、助かります✨
【分娩シミュレーション】
まずは、産前・産後のあらゆることをパワーポイントを使って説明してもらいました。
●お産を早めるためにどんな運動をするべきなのか
●子宮口や会陰を柔らかくする方法
●出産の兆候にはどんな種類のものがあるのか
●どんな状況になったら病院に連絡するべきなのか
●母乳をあげるときのポイント
などなど、あらゆる分野について説明してくれました。

そして、そのあとは実際に分娩室に行きました😳😳
初めて分娩室に行ったのですが、広くて綺麗で安心することができました✨
分娩室には、出産に必要な物が全てそれぞれの部屋に備わっていました。どんな緊急時にもすぐに対応できるそうです。
分娩室では、まず麻酔科医の先生から無痛分娩について説明がありました。
「どの段階でどのように麻酔を打つのか」というような内容でした。
この病院では、比較的早い段階から麻酔を打つことができるというのを売りにしているようでした。
そのあとは、引き続き分娩室で、いよいよ実際の分娩の流れについて助産師さんから説明がありました。
まずは、陣痛が始まってから赤ちゃんが出てくるまでお腹の中でどのような変化が起きているのか、CG映像を元に説明してくれました。
これがとても分かりやすくて、「こんな風に出てくるのか〜」と知ることができました。

そのあと、段階ごとに「赤ちゃんとお母さんの状況はどうなっているのか」と「そのとき実際どういう体勢でどういう動きをするべきなのか」丁寧に説明してくれました。
分娩室には痛みを和らげるためのマッサージ器具がたーくさんあってびっくりました。使うことになるのかなぁ…?
分娩についての説明が終わると、分娩室を出て別の部屋に行き、今度は入院食の試食をしました🍚

味はとても美味しかったです。
病院食なので、油と塩分が控えめに作られているそうで、そのおかげか中華から日本食にすこーし近づいているような気がして食べやすかったです✨
私は、食に関してはどこの国でも大抵大丈夫な方なのですが、そういうタイプでよかったなぁとこういう時に思います。
ご飯を食べ終わると、バースプランについて記入する紙をもらいました。

こちらは次回の健診までに記入してくればいいそうです。

ちなみに中国語原本はこんな感じでかわいいです☺️
日本語訳の方は、少し味気ないですね。翻訳してくださってるだけ十分ありがたいですが。
これを受け取って、分娩シミュレーションは終了しました。
きっと全ての産院がこのように説明してくれる訳でないと思うので、ありがたかったです🙏
細かく説明していただいたり、実際に分娩室を見に行けたりして安心することもできたのですが、
詳しく知ることによって逆に少し不安にもなってしまい(実感が湧いたというのもあるかもしれません)、
家に帰るとしばらく気分が落ち込んでしまいました…
楽しみな気持ちと不安な気持ちが共存しています。仕方ないことですよね。
気持ちが落ち込んでしまうこと自体に焦らず、正直に自分と向き合って出産を迎えたいと思います💪